キーワード「初夏」「逃げる」 「夏から逃げる会」 毎年初夏のこの季節になると本部からお知らせがやってくる。 夏嫌いの人達が集まって、あの手この手で夏から逃げようとする「夏から逃げる会」 活動の内容は、主に快適に夏を乗り切るための情報収集や技術開発が目的。 夏が嫌いな理由は、ひとそれぞれ。 暑い、虫が嫌い、何でも開放的なのがムカツク、食欲が無くなる など。 この会では、毎年各自に課題が決まっていて、その内容がお知らせに書かれている。 お知らせに書かれた方法で夏を逃げなければいけない。 夏から逃げるには大きく分けて、 1.場所を移動する(家・地下に籠もる、国を移動する) 2.時間を移動する(時空を超える) 3.夏を意識しない(夏という概念を消す) があり、2については未だこれといった成果は出ておらず、3については夏をイメージするようなものを徹底的に排除するべく、 例えば「冷やし中華」を「温かくない中華」と名称変更してみたり、TUBEの夏の新曲リリースを阻止しようとしたりと、 結局のところこれらの活動が夏の風物詩となってしまい、参加した人達は結構夏をエンジョイしていたりと、こちらも効果的な 成果は出ていない。 結局のところ、「避暑地に移動する」という昔から行われている、なんのヒネリも無い方法が一番効果的だったりするのだが、 今回はこの内容に新しい項目が追加されて、その実験に自分が抜擢された。 それは「宇宙へ逃げる」というものだった。 たしかに宇宙には季節がないし、夏から逃げることもできる。 が、やり過ぎ感は否めない。 しかしやってみないことには、ノウハウは貯まらない。 ちょうど民間人が頑張れば宇宙へ行ける時代にもなった。 というわけで、主人公と数人の選ばれた人達で、宇宙に逃げることになったのだが、当日、他の人達は病気や私用などで 不参加となり、主人公だけが宇宙に行くことになった。 宇宙に行く期間は、夏の間の2ヶ月間。 主人公だけを乗せた宇宙船は、空高く宇宙へ逃げ出した。 ところが出発した直後に宇宙船にトラブルが発生し、宇宙船は尋常じゃないスピードで地球の周りを回り始めた。 通信も途絶え、誰も居ない船内で、主人公は当初の予定の3倍である6ヶ月を宇宙船の中で独り過ごすことになった。 そうして6ヶ月後に無事地球に戻ってきたとき、主人公は孤独から頭がおかしくなっていた。 もう夏とかどうでもよくなっていた。 しかしおかしくなったのは主人公だけではなかった。 高速で移動していた宇宙船の中にいた主人公にはたったの6ヶ月のはずが、地球上では既に100年が過ぎていた。 100年後の地球では環境が変わり、日本から夏がなくなっていて、常春になっていた。 主人公は、場所を移動し、時間を移動し、(頭がおかしくなることで)夏という意識も無くした。 「夏から逃げる会」にすれば大きな成果だ。 一人で3つの課題に取り組んだ。表彰ものだ。 しかし当然ながら「夏から逃げる会」はとうの昔に無くなっていた。 日本の人達から夏という意識や感覚は既に無くなっていた。 むしろ主人公は夏を知っている唯一の日本人として、様々な場所で「夏」を経験したことのある人として取り上げられた。 常春になった日本は、初夏のような毎日が続く。 主人公には初夏は特別な季節だった。 しかし何が特別だったかは今は思い出せない。 主人公は「夏とは一体何だったのか」を思い巡っては、頭の奥が疼く日を過ごすことになった。